関東の古寺とその歴史

坂東三十三観音巡り - 那古寺

第33番 補陀洛山 那古寺(那古観音)

観音霊場巡りの最後に位置する結願寺

その名も補陀洛山

南方洋上の彼方にある観音菩薩が住む浄土の意

境内からも館山湾を眼下に望む

そのむかしは補陀落渡海に思いを重ねて海路で鎌倉帰還

結願後の三浦半島の山々ははたして浄土と見えただろうか

いまとなってはそんな贅沢な旅は望むべくもなく

ありがたく結願の証をいただいて合掌

由緒

創建
717年 行基菩薩 千手観音像を刻み安置

元正天皇の病気平癒を祈願、その霊験により、勅願によって山上に伽藍建立

本尊
千手観世音菩薩 行基菩薩 海中からの香木で刻む
寺歴
1703年 元禄大地震で堂塔伽藍全壊

その後、幕府の命により、山上から現在の地に移して再建

元禄以前の寛文年間の絵図にすでに現在の地に堂塔伽藍が描かれているものがあり 元禄以前の地震で移動されたはずとの指摘もある

参詣記

参詣日
2016年5月9日
交通
宿泊地の勝浦からクルマで1.5時間程度
以下雑記

参道の里見桜

安房国におよそ150年君臨した国持大名安房里見氏ゆかりの桜です

江戸初期に第10代忠義は倉吉に改易となりその後没落させられました

里見氏滅亡の地の倉吉の有志により寄贈されたものです

この寺も里見氏とは深い縁があり一族から住職が任じられたことも多かったそうです

仁王門

なかなか風格があります

仁王像

ややスリム系ですが迫力は感じられます

鐘楼堂

残念ながら修理工事中でした

阿弥陀堂

鎌倉初期の作とされる木造阿弥陀如来坐像が安置されています

多宝塔

1761年建立、県指定有形文化財です

針塚

1966年に有志の団体、個人により奉納されたものです

花祭りの4月8日に針供養も行われているようです

観音堂と円通閣(松平定信の揮毫)の扁額

観音菩薩は円通大士とも言われます

円通大士は円満融通の菩薩の意味です

つまり円通閣は観音堂の別名ということになりますね

観音堂の妻飾の邪鬼雨の中写りがイマイチですね

両側にあり観音様を護っています

ここの観音堂は仁王門からの参道に対して横を向いてます

参詣者は観音様に向かう前にまずは邪鬼に睨まれます

邪悪なものが来ると飛び降りて追い払ってしまうそうです

観音堂の回廊から仁王門方面

観音堂の正面は右側です

この上の屋根の妻飾に表を護る邪鬼がいることになります

鐘楼堂は全体が工事シートで覆われその姿が見えないのが残念

観音堂落慶記念で植樹された枝垂桜

観音堂は足かけ6年におよぶ平成の大改修がなされました

2008年にその落慶をお祝いしてのものです

観音堂正面左の崖向かっての小さなお堂群

左下から大黒堂、竜王堂、岩船地蔵堂など

観音堂正面左奥の日枝神社

裏鬼門を守護しているとのことです

那古山への登り口

山頂へは10分程度だそうです

信仰の厚い寺域に守られて豊かな自然林が残されてます

天気が良ければ当然チャレンジしていたところですが

あいにくの雨でやむなく断念

納経所

いろいろおはなしくださる住職さんがいらっしゃいます

巡拝畢と書かれた結願の証をいただきました

駐車場奥には本坊があります

本坊右側の大蘇鉄が見事です、1854年に力士が奉納したものとか

坂東33観音霊場結願寺を後にしました

寺院概略

所在地
千葉県館山市那古1125
最寄IC
富津館山道路 富浦ICから15分程度
納経時間
8:00〜17:00
inserted by FC2 system